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赤津焼とは

ギャラリーcazulin
歴史

赤津焼の始まりは、奈良時代(700年頃)に焼かれていた須恵器という土器にまで遡ります。鎌倉時代に釉薬を用いたのはこの地方のみであったといわれています。江戸時代初期に現在ある伝統的技術・技法や名称が確立しました。桃山時代から江戸時代初期にかけて、志野、織部、黄瀬戸(きぜと)、御深井(おふけ)等、各種釉薬(ゆうやく)の技法が確立されました。尾張徳川家の御用窯として栄え、現在まで続いています。

特徴

織部釉、志野釉、黄瀬戸釉、古瀬戸釉、灰釉、御深井釉、鉄釉の7種類の釉薬と、へら彫り、印花、櫛目、三島手などの12種類の多彩な装飾技法が特徴です。 伝統的に使用されてきた原材料 使用する陶土は、「本山木節粘土」「赤津がいろ目粘土」もしくは「赤津山土」またはこれらと同等の材質を有するものとし、 釉薬に使用する長は「千倉」またはこれらと同等の材質を有するものとすることとされています。

製造される地域

瀬戸市

伝統的工芸品指定年月日

第7次指定 昭和52年3月30日


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